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老害とは

まず、いまどきの若いみんなにとっての老害とは何か? 
正確にはわからないが、「4上の立場から強い(否定的な)意見を言ったり、勝手に何かする」程度のことを言っていると思う。
そこには「上からの意見には逆らいにくいし、注意もしにくいのだから、そんなことを気安く言ったりやったりしてはいけない」という気遣いがあると思う。
 
しかし、上の人間に発言権が一切無いわけではないはずだ。実際、長い間そサークルや大学で活動をした経験があるわけだし、その人がケーススタディしてきた結果それが良いと分かったことは、理由を説明するより自分が体験した方がいいはずだし。
行動もそうで、本当にそのコミュニティの利益になるなら、蔑まれるべきではない。

じゃあ自分の思う老害とは何か。狭義的には年を取ったことによって、若い人にとって害となることを無自覚にしてしまうような人だと思う。
広義的にいうと
・自分を偉くて、頭が良いと思い込んでいる。
・それにより(特に自分より下の立場か、そうと自分が思い込んでいる)相手の意見を無条件に聞かない
といったところか。
あとは本当に年を取ることで獲得する(?)特徴のことだと思う。例としては論理的な思考が出来ない、判断力が低い、怒りやすい、臭い、等

つまるところ、自分が老害でないかと不安になっているうちは老害では無いし、逆にだれかの意見を老害として脳死で否定するのはそいつこそが老害だと思う。


自分が正しいと思い込むと言っても、実際自分にとっては正しいわけだ。
ただし、それが相手にも当てはまるかどうかは別問題で、例えば新しいことを覚えるコストが高い老人にとって、
書類を読んだり管理するのに紙媒体を定年まで使い続けることはある意味正しいかもしれないが、
スマホに慣れている若者は当然タブレット等で管理した方が楽なわけだ。個人毎に正解は変わる。
紙媒体で管理するよりも電子化したほうがいい理由を、その老人が理解するのはそもそも難しい。
理解できなければ自分の中で最適な手段は紙媒体での管理になるのは当然で、それが「正しい」ということになる。
理解するのが難しい理由は、その人が生きてきた中で培った常識のせいである。常識が時代によって変わるのは当然だが、
それにすべての人間が正しく適応できるかどうかは別問題で、事実それは多くの人間にとって難しいのだと思う。
有名な例だと、ソクラテスは「本はよくない、自分で考えろ」といったそうだが、現代では「ゲームをやるとゲーム脳になる。本を読め」と言われる。
まぁここでいう「本」の指しているものはおそらく厳密には違うのだが、常識が変わるというのはというのはそういうことだ。
その事実を理解し、自分が本当は正しくないのかもしれないという意識だけ持てれば、おそらく老害にはならない